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【ある上司の一言】若さで突っ走る自分に突き刺さった言葉。

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25歳で入社した会社に、

怠け者の上司がいた。

 

年齢は40代前半、

仕事は全部部下任せ。

業務中はネットゲームに夢中。

お昼休みになると、

「K(私の名前)、将棋のネット対戦やろうぜ~」

とよくお誘いがきたものだ。

当時はハンゲームが流行っていて

お付き合いをしたのだが、

さすがに業務中となると話は別だ。

 

飲み会の翌日は、必ず謎の直行。

自宅で高いびきをかいていることは

暗黙の了解。

 

「仕事は、楽をするためにやる。」

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その上司の口癖は、

「仕事は、楽をするためにやっているんだ。」

 

いやいや、あなたは楽でも、

仕事を押し付けられる部下は大変、、、

当然、何人も部下が辞めていった。

 

なぜそんな事が許されていたのか?

 

その上司は会社の創業メンバー。

映像メディアを扱う会社だっだが、

当時の大口顧客は、

その上司がほとんど開拓してきた。

人脈もある。

 

そんな背景があるから、

社長も表立って

注意がしずらい。

 

創業当時は確かに、

よく頑張ったのだろう。

その分、今は楽させてもらうよ、

という考えだったのだろうか。

 

キャリアの土台となる営業実績を残す

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結局、その会社には丸4年在籍した。

工場のパートさんも合わせて

30~40名くらいの中小企業だった。

 

そんな上司だったことは、

良い部分もあり、

仕事は自由にやれる雰囲気があった。

 

今思うと、

ホウレンソウもろくすっぽ

できていない自分だったが、

元来縛られるのが苦手な

私の性格にはマッチし、

仕事では、新規開拓の実績を

次々に残すことができた。

 

特に思い出に残っているのが、

某公営競技をTELアポで開拓し、

映像作品の製作を受注したこと。

会社創業以来の快挙。

売上金額、利益率もよかった。

 

その後も順調に実績を重ね、

社内での評価も高まっていった。

 

しかし、それと同時に、

上司に対する不満が

日に日に増してきた。

 

「なぜ俺はこんなに実績を残しているのに、

上司は遊んでいるのか?」

 

そして、それは起きた。

 

入社して3年が経過した

ある時だった。

内容も言葉も忘れたが、

仕事の進め方で上司と意見が食い違った。

私も役職が付き、

ものが言える立場になっていたので、

社長や他の社員がいる前で、

その上司を強く否定する言葉を言ってしまった。

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一瞬、社内が凍り付く。

社長は資料を見ているふりをして、

何も言わない。

上司も無言、反論はなかった。

 

私といえば、

言い過ぎた、と思う事もなく、

自分が言ったことは正論。

こちらはあなたが本来すべき

仕事を肩代わりしており、

新規開拓の実績も残しているんだ、

という気持ちだった。

 

順風満帆なキャリアを歩む

 

ほどなくして、私は転職が決まった。

当時その上司の元で働いた年数としては

私が最長記録だった。

 

我慢の限界が来ていたこともあるが、

自分に自信がついたことも大きかった。

大きな会社に移り、更にステップアップしたいという気持ちが高まっていたのだ。

 

転職先はマザーズ上場のIT企業。

年収も20代後半で500万円台にのった。

さあ、あとは粛粛と引継ぎをして、

去ってゆくだけだった。

 

ラーメンの後の忘れられない一言

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会社は送別会を開いてくれた。

 

私の頭は既に転職先の会社へ

行っていたが、

どんなに不満のある会社でも、

辞めるとなると不思議なもので

寂しさが出てくる。

これは、転職するたびに思う。

 

一次会が終わり、

希望者で二次会に流れる。

終電の早い人から順に帰宅していく。

そろそろ自分も・・・

と考えていたところに、

その上司から

思いがけない誘いがあった。

 

「K、ラーメンでも食いにいこうぜ~」

 

ここで付き合ったら朝までコースである。

しかし、私も「今日が最後」という

寂しさが勝ったのか、結局付き合う事にした。

何ラーメンだったかも覚えていない。

 

食べ終わった後にぶらぶら

夜の街を歩いていたときだった。

新宿だか、池袋だったか。

 

もう、これで、本当にラスト。

ここで別れたら、

もうこの上司と会う事もないだろう。

私は、4年間お世話になったお礼を型通り伝え、

その場を去ろうとしていた。

 

その時、上司は私にこう言った。

「K、おまえはもう少し上司に気を使えれば、

最強の営業なんだけどな。」

 

一瞬頭が空っぽになった。

 

営業としての仕事ぶりは認めて

くれていたけど、

私に欠けている部分も、

ずっと頭にあったのだろう。

 

千鳥足で離れていく上司の背中を、

私は複雑な気持ちで眺めていた。

 

ステップアップの転職だったが・・・

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転職した会社では、

のっけからつまづいた。

 

まず仕事の進め方が違う。

以前の会社では

自分の裁量で進められる

部分が大きかったが、

今度はプロジェクト型の進め方。

様々なプレーヤーをまとめ、

舵取りをするのが私の仕事。

 

すぐに、精神的に疲弊してしまった。

 

売上ウン千万円のプロジェクトを担当

していた時のこと。

ある朝、仕事に行こうとネクタイを

締めようとしたら、

涙が止まらなくなった。

抑えていた辛さが

一気に吹き出した。

 

上司に相談し一週間休みをもらったが、

結局、その会社は一年でリタイアした。

組織の中で働く事の洗礼を受けた。

周囲の人間のレベルも高かった。

 

いかに自分が、

自由に働けていたのか。

怠け者であっても、

いざというときは助けてくれていた。

だから私は、新規開拓に没頭できた。

 

仕事は一人でやっているようで、

一人でやっているわけではない。

転職前の会社が、

実は恵まれた環境であり、

自分にはとても合っている

会社であったことに、気づいた。

 

40代になり、

部下を持つ立場になったいまの心で

当時へタイムスリップしてみたい。

 

さて、私はあの会社を辞めただろうか。

怠け者上司と、どう付き合っていただろうか。

 

答えはわからない。

 

ただ一つ、

あれだけ不満を持っていた上司なのに、

私は退職後ずっと年賀状を送り続けていた。

 

それは、

若かりし自分を受け入れてくれていた

「感謝状」の意味も含まれていたのかもしれない。

 

上司の言葉から得た教訓

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組織に不満がある、

上司に不満がある

ときに考えてほしいことを

まとめてみます。

 

① 組織のなかで「尖る」のと「はみ出す」のは違う。

② うまくいっているときこそ、会社や上司の存在があってこそと考えてみる。

③ 上司に意見を言うときは、「上司の立場に立って」一度考えてみる。

④ どんなに嫌いな上司でも、同じ組織にいる以上、上司は上司。

  持ち上げておいて損は一つも無い。

⑤ 転職や独立をするときは、自分の実績が、自分自身の力によるものなのか、

  会社の看板があってのものなのかを、冷静に考えてみよう。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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